“南帆の成長記録”を綴っていきます                         2nd Stepの作成に着手! 暫くお待ち下さい。

成長記録(1st Step)⑩

  • 2010年10月、東京都小学生大会(4年生以下)で優勝。所属を武蔵野ドームに替えて臨んだ大会で、優勝報告をホームで行った際、小森コーチが全国に繋がる大会でも無いのに凄く喜んでくれ、握手までしてくれた。小森コーチの予想外の反応に、南帆のやる気、モチベーションは一気に倍増(褒めて伸びるタイプ)。
  • 2010年(9歳/小4)は、関東公認大会18、JOP35、その他4、計57大会に出場、通算147試合で99勝48敗、関東ポイント150pt獲得、JOPでは11回優勝という結果だった。全国に繋がる東京ジュニア、全小東京予選、東京都選抜ジュニアの全大会で本戦出場を果たすが、目標としていた関東大会出場は越年。同期トップは既に関東出場を果たしていたのでまだ実力差はあったと思うが、南帆なりには「実力」を付けていった時期である。「能力開発」期にあたる1stステップ(最初の4年)は主戦場を関東公認大会、JOPジュニアに置き、VIPTOPグループで順調に成長出来たと総括できる。いよいよ2ndステップ(基礎固めの4年)全国制覇への挑戦が始まる。関東にも出たことが無い南帆が全国出場を飛び越えて全国制覇を目指すんだから面白い。

成長記録(1st Step)⑨

  • 2010年4月、9歳の時、名門武蔵野ドームの入門テストに挑戦。狭き門だったが、合格。この頃から“テニスがもっと強くなりたい”と思うようになっていた南帆。悩んだ末、2年間お世話になったTOP亀戸の上原剛幸コーチ、冨山彬宏コーチに相談したところ、両コーチから「これからも応援する」と移籍に快諾頂く。当時、まだ4年生になったばかりの南帆をTOP亀戸の卒業生として扱ってくれ、移籍した後も(雨の時などは)OGとして練習に参加させて貰った。懐の深さに大感謝。
  • テニスアカデミーは通常のテニススクールとは異なり、選手を育成する場所。担当コーチが手塩にかけて育てた選手が他のアカデミーに移籍していくのは寂しいに違いない。TOP亀戸のPJでは、上原コーチ、冨山コーチの他、坂本順一郎コーチ、太田雅博コーチ、志田コーチ他、沢山のコーチにお世話になった。16歳になった今でも付き合いは続いている。本当に大切にしたい。

成長記録(1st Step)⑧

  • 2009年4月、8歳の時、JOPジュニア<東宝調布(U10)>で初優勝。JOPジュニアは2007年にスポーツサンライズ社が始めた全国ジュニアテニスツアー系の各大会の事。優勝すると毎年3月末に昭和の森テニスセンターで開催される全国大会トーマスカップへの出場権がもらえる。毎週、どこかで試合が出来るという環境は、当時の南帆にとって大変有り難かった。育成・強化の場と位置づけ、週末は基本毎週、家族皆で試合に出かけていった。そこで判明した課題をTOP亀戸のコーチ陣に必ず報告し弱点克服のための練習に繋げて貰った。また、JOPジュニアは週次でランキングが発表されるので、それも励みになっていたような気がする。とても楽しい日々であった。
  • 2009年12月、G大会のぐんまオープン(U12)に出場、予選をしっかり3勝して初の本戦入りを果たした。年末の京王ジュニアでは武蔵野ドーム所属の6年生に相手をして貰ったが、小学校3年生のチビが善戦したのを憶えている。試合後、選手に帯同していた小森紀明コーチに挨拶に行かせたら、「頑張ってね。打ち続けていたら絶対強くなるから」との言葉を頂いた。これが小森コーチとの最初のご縁である。
  • 2009年(8歳/小2)は関東公認大会16、JOP24、その他14、計54大会に出場、通算141試合で88勝53敗、関東ポイント64pt獲得、JOPでは8回優勝という結果だった。戦績は兎も角、この時期に試合数を沢山こなしたことで、“試合観”は養われていったと思う。今のゲームセンスに繋がっている。

成長記録(1st Step)⑦

  • 2009年4月、サマディPJは3ヶ月で止め、週1回の練習環境をAJTAのハードコートに求めた。試合は外でやることが多く、太陽や風といった自然を味方にする必要がある。また、全国選抜(吉田記念テニス研修センター)、全日本ジュニア(靫公園)共にサーフェスはハード。グランドスラムの全豪と全米も。太陽、風、ハードに慣れておく必要性を感じた。
  • 話は変わるが、早生まれで非力だった南帆は、フォアもバックも両手打ちだった。当初は基本通り、フォアとバックとでラケットを持ち替えていたが、ある時、TeamMaSeaの沢田昌明コーチのレッスンを受ける機会があり、「将来、片手フォアに変える気があるなら持ち替えないほうが良い」とのアドバイスを頂いた。妙に説得力があり、即採用。沢田コーチとも8年以上の付き合いになる。
  • テニス界は本当に狭いとつくづく感じる。フットワークを教わった梶川コーチもラケットの持ち方を変えてくれた沢田コーチも、現在の南帆テニスの基礎を作ってくれた恩人。幼少時代の能力開発時期に大変お世話になったコーチが、16歳となった現在でも梶川コーチは担当コーチ、沢田コーチは海外でのツアーコーチとしてお世話になっている。一宿一飯の恩義、感謝の気持ちを忘れさせてはいけない。

成長記録(1st Step)⑥

  • 2009年1月、初の関東公認グレード大会(G大会)に出場。残念ながら1回戦負けでしたが、5ptゲット、関東ジュニアで530位に初ランクイン。振り返れば、この日から南帆の全国制覇への挑戦が始まっていたんだと思う。まだ7歳「能力開発」途上ではあったが(笑)。
  • 練習量を増やす為、TOP亀戸での週4回の練習に加え、私が通っていたサマディというテニススクールに新設されたPJに週1回だけ参加させて貰うことになった。このサマディでお世話になったのが、現AJTAの梶川太秀コーチ。もう8年以上の付き合いになる。梶川コーチには足の使い方、ボールへの入り方、所謂「フットワーク」中心に指導して貰った。当時は現役のJOPランカーだったので、かなり実践的だった。

成長記録(1st Step)⑤

初の全国大会で優勝!

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成長記録(1st Step)④

最初はどんな試合に出れば良いかも分からなかったが、先輩方に“Nジュニア”や“JOPジュニア”(サイトの名前です)の存在、全国大会に出場する為には東京予選、関東予選を突破する必要があること、関東公認大会に出場してポイント(ランキング)を上げないと、東京予選にすら出場出来ないこと等を教えて貰った。初めて知ることばかりでとても新鮮、手探り状態だったが、すぐ(親が)夢中になった(笑)。関東公認大会は12歳以下が一番下のレベルだったので、7歳の南帆にはハードルが高く、まずはキッズカップ(8歳以下)、JOPジュニア(10歳以下)の試合にエントリーした。親子でのテニス漬けの日々がスタート。

成長記録(1st Step)③

2008年5月、南帆7歳、小泉コーチの薦めでVIPから系列のTOPインドアステージ亀戸に移籍。そこには所謂PJクラス(Player's Junior)と言われる選手コースがあり、南帆もPJの一員となった。扱いも「スクール生」から「選手」に変わり、コーチ、フロント、親への感謝の気持ちや挨拶等人間として必要な礼儀作法等を徹底的に教えて貰った。まだ7歳だった南帆にはとても刺激的な日々だったと思うが、今思えば、その時からスポーツ選手として大切な素養、人間性、メンタル力の鍛錬が始まっていたのだと思う。練習も週4回となり、楽しむテニスは卒業、目標も「試合に勝つこと」に変わった。

成長記録(1st Step)②

ジュニアのクラスはJ1からJ8まであったが、早く進級させることが家族共通の目標となった。人より早く進級することで南帆のやる気を醸成しテニスへの関心を高めていった。家族で影練をやった日々が懐かしい。時には厳しい練習も行ったが、南帆は泣きながら良く着いてきた。南帆も家の窓を相手に壁打ち(窓打ち!?)。私とのスポンジボールラリーで321回続いた事も良い思い出。何と小2(7歳)の時、J7(中学生クラス)に進級!

成長記録(1st Step)①

南帆がテニスを始めたのは2005年1月、4歳になる直前の3歳から。最初はVIPインドアテニスクラブ(1975年開業、日本初のインドアテニススクール)でお世話になりました。スポンジボールでの練習でしたが、グリップの握り方、スイングの仕方、足の使い方を徹底的に教わりました。記念すべき最初のコーチは小泉コーチ、奥村コーチ。小泉コーチからテニスの基礎を、奥村コーチからはテニスの楽しさ、ラリーが続くことの面白さを教えて貰ったような気がします。二人のコーチには大変感謝しています。

2001年1月23日 、佐藤南帆が誕生

2001年1月23日、午前9時55分頃、東京医科歯科大学で南帆が誕生。体重2650グラム、とても小さな体でしたが元気一杯に生まれてきたのを今でも憶えています。超嬉しかった。南帆が最初に発した日本語も確か“パパ”!?この日からTeamNahoがスタートしていたのかも(笑)。

“小さな輝石”、佐藤南帆選手の「成長記録」として数々の奇跡(の連続でした)、軌跡を綴っていきますので応援宜しくお願いします。

2017年1月23日、合同会社TeamNaho設立

南帆の16歳の誕生日に、TeamNahoを設立。これは“世界で活躍できる”プロテニス選手を目指す佐藤南帆選手をサポートするチームです。ジュニア時代からテニスに集中できる環境を用意する為に立ち上げました。具体的には、育成計画の立案から、スケジュール管理、遠征手配、資金計画策定/管理に始まり、プロモート業務(スポンサー探し等)、エージェント業務(契約代理)まで行います。また、TeamNahoは、選手のセカンドキャリアを見据えたサポート、つまり人生とスポーツ双方の成功の為、前例にとらわれず、あらゆる可能性を模索します。従来であれば、高校卒業と同時にプロ活動を始めるのが王道でしたが、我々はそこにもうワンステップ、世界で通用する実力と社会に出て必要な人間力の両得を目指した動きを入れようと考えています。