成長記録(1st Step)⑦

  • 2009年4月、サマディPJは3ヶ月で止め、週1回の練習環境をAJTAのハードコートに求めた。試合は外でやることが多く、太陽や風といった自然を味方にする必要がある。また、全国選抜(吉田記念テニス研修センター)、全日本ジュニア(靫公園)共にサーフェスはハード。グランドスラムの全豪と全米も。太陽、風、ハードに慣れておく必要性を感じた。
  • 話は変わるが、早生まれで非力だった南帆は、フォアもバックも両手打ちだった。当初は基本通り、フォアとバックとでラケットを持ち替えていたが、ある時、TeamMaSeaの沢田昌明コーチのレッスンを受ける機会があり、「将来、片手フォアに変える気があるなら持ち替えないほうが良い」とのアドバイスを頂いた。妙に説得力があり、即採用。沢田コーチとも8年以上の付き合いになる。
  • テニス界は本当に狭いとつくづく感じる。フットワークを教わった梶川コーチもラケットの持ち方を変えてくれた沢田コーチも、現在の南帆テニスの基礎を作ってくれた恩人。幼少時代の能力開発時期に大変お世話になったコーチが、16歳となった現在でも梶川コーチは担当コーチ、沢田コーチは海外でのツアーコーチとしてお世話になっている。一宿一飯の恩義、感謝の気持ちを忘れさせてはいけない。